プレゼント─後編─

2004年2月18日
「困ったな」
今日何度目かのこの言葉を、自分の服の会計をしながら呟いた。
聞いた人は、お金が無いのにこんなにカードで買い物をして困ったな、
と言うことだと捉えるだろう。
しかし、私の頭の中は憎らしいほどご主人様のことでいっぱいだった。
もしかしたら、「プレゼント好き」な人と言うのは、こういう感覚が好きなのかもしれない。
…どちらにせよ、おめでたい事だ。
せめて私も、ご主人様に気に入られなかったプレゼントの末路を知らなければ
もう少しくらいウキウキとプレゼント選びに没頭していたのだろうか。

ご主人様の好きな色は…赤。好きな芸能人は…田原俊彦とマイケルジャクソン。
好きなアニメは、ガンダム。好きな服装は…なんていうのかな。派手なもの。
いつも脱色して金髪にしている髪の傷みを気にしていて。
コンタクトの目がしょっちゅう乾いたり疲れたり。下手すれば傷つけたりして。
外食しかしないからいつもビタミン剤を飲んでいて……

そんなことを脳みそに羅列していると、消耗品のプレゼントしか思いつかなくなった。
ビタミン剤。コンタクトケア用品。いつも使ってる整髪料。
それに、これから花粉の季節だから、予防対策グッズ。
そういったものならいくらでも思いついた。
でも、どれもこれもわざわざ誕生日プレゼントにするには不適当に思われた。
あげるからには毎日使ってほしい。大切にしてほしい。
もう、どこか意地になっている部分があった。
…プレゼントを贈る側というのは、相当欲だらけなのだな…
漏れる溜息は白く視界を霞ませた。

もう面倒くさいから自分の欲しい物を選んでしまおうか。
いらないと言われたり、粗末にされていたら返してもらって
自分が使うなり何なりできるもの。
「……あ」
どうして光明というのは捨て鉢にならないと見えないものなのだろうか。
いや、捨て鉢になっていない時は光明など見える必要の無いものなのか。

早速、目当てのものがありそうなお洒落な百貨店に入った。
店内はほんの数日前のバレンタインデーを完全に忘れ去ったかのように
ホワイトデー仕様全開になっていて、ひどくげんなりした。

「これだわ……」
迷うことなく見つけたそれの手触りに酔いしれる。
枕。
流行の低反発素材とやらを使ったものだ。
同じようなものでも、何が違うのか値段はピンキリだった。
予算はあまり無いから、そこそこの値段のものを手にとる。
なにより、その形状が最もご主人様の好みに合っていた。
「枕は低いのが好き」
何かの折に聞いていた情報だった。
これならお気に召さなくても簡単に捨てたり失くしたり人にあげたり出来ないと思うし、
なにより、使われていなければ泊まった時に私がそれを使えばいい。
我ながら名案を思いついたものだと思った。

ずーっと眠りたい、というご主人様の、時間的な願いこそ叶えてやれないが、
せめてこれで快眠してくれたらいいな…なんて、
プレゼントする側と言うのはどこまでもおめでたくて強欲だ。
実のところ、もう8割方は気に入ってくれることしか考えていない。
ただ、外で渡すには多少…いや、随分かさばる物である、ということ以外は。

目的のものを魔法のカードで購入した後、上の階へと赴いた。
その時点では特に何も考えていなかった。
ただ、買うでもなくそれらを眺めるのが好きだから、
そのコーナーに立ち寄ったに過ぎなかった。
文房具コーナー。
綺麗に並べられた色とりどりのペンやノートなどを眺めるのが好きなのだ。
そして─

「あ……」
立ち止まったのは、レターセットのコーナー。
時期なのか、大好きな桜柄のものが多く並べられている。
「そっか、一筆くらい添えた方がいいのかな…」
そう気付いた瞬間には、もうご主人様へ当てた文面が
頭の中に流れ、溢れ出し、止まらなくなっていた。
…本来は、ちょっとしたメッセージカードに
贈る相手の名前、そしておめでとうという一言、
それから贈り主の名前を書いて添えるだけで充分なのだろうが。
だが、元来手紙を書くという行為自体が好きだし、
なにより、もう頭の中に流れ出した言葉を文面にせずにはいられなかった。

見やすい棚に見やすく並べられた便箋を手にとっては、中身をめくる。
これは完全に自分の趣味で選んでしまおう。
自然、9割方桜柄の便箋に手が伸びる。
棚の一番高いところにあった便箋を手にとる。
「あぁ、これが一番素敵だなぁ」
そう思うと、やはり値段に目が行く。
「…高っ!」
高いのは置いてあった位置だけではないようだ。
10枚綴りの便箋が460円。おそろいの封筒が330円。
もっと安いものもあるのだし、こんなところにこんなに金かけなくても…
と思う反面、こんなところでケチらなくても…とも思う。
しばらく物言わぬ便箋とにらめっこした結果、後者の意見が勝利した。
いつもは思いつくままに書き連ねる手紙も、
流石に今回はきちんと下書きをして、綺麗な綺麗な文字で書こう。

一人でいる時ほど、人は純粋にその相手のことだけを考えるのかもしれない。
かさばるプレゼントを持った帰り道、手紙の締めくくりの言葉を考えながら、
同時にそんなことをぼんやりと思う。
自分の脳みその溶けっぷりを実感した一日は、
長いようで短くて、憎々しくもあり、それでいてたまらなく愛しく感じた。

コメント

澪

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